2011年9月26日月曜日

Back to the Beach

New California Style
Salvation Malibu, Nike+Converse+Hurley store

カリフォルニアビーチが騒がしくなってきた。ナイキが 7月 にマリブー(ランバーヤード)でオープニングパーティを開いたと思ったら、同じ日にクイックシルバーはファッションアイランド(ニューポートビーチ)におじさん達を集めてレセプションを開催した。
クイックシルバーは9月にアボットキニー(ロサンゼルス)でもビーチパーティを開催すると言っていたが、予定が大幅に遅れている。
いっぽうマリブーのランバーヤードは最近人気スポットになっていて、8月にはビーチバニー(本社:カリフォルニア州ニューポートビーチ)もパーティを開いている。

Surfer go to New York
Quilsilver Times Square store, New York

カリフォルニアのブランドはもともとはビーチから生まれたにもかかわらず、この10年間、都会ばかりみて過ごしてきた。そのきっかけになったのはクイックシルバーが1998年に出店したSOHOストアだった。サーフショップが大都会のど真ん中にオープンするようになったのはそれ以降の事で、もともとはビーチにしかなかったのである。Harbour Surf(シールビーチ)もJacks(ハンチントンビーチ)も、そしてBunger(ロングアイランド)も、老舗のサーフショップはみんなビーチロケーションである。
過去10年間、都心型サーフフォーマットのリーディングチェーンになったのはクイックシルバーで、都心で成功した事がトップブランドへの原動力になった。しかしPacSun、アバクロンビー&フィッチ、アメリカンイーグル・アウトフィッターズなど、ユース・ライフスタイルチェーンが揃ってサーフスタイルに参入して来ると、サーフィンブランドの優位性は急速に消滅した。都心進出でリーディングブランドになったクイックシルバーが、有力サーフィンブランドで最悪の業績なのは皮肉としか言いようがない。

Back to the Basic
Salvation store, Nike + Converse + Hurley store

都心中心に出店してきたカリフォルニアブランドは、ようやく置かれているリスキーなポジションに気付いたようだ。ナイキは201177日、「Salvation」(4,000f2)をマリブー(カリフォルニア州ロサンゼルス)のネイバーフッドモール「ランバーヤード」に出店した。ラグナビーチ、アーバインに続く第3号店である。もちろん、傘下のハーリー、コンバースとのコラボレーションストアだ。
同じ77日、クイックシルバーは初のオールドサーファー向け業態「Waterman」をファッションアイランド(カリフォルニア州ニューポートビーチ)にオープンした。同モールはサザンカリフォルニア有数のアップスケールモールで、熟年サーファー向け業態のパイロットショップに適切と考えたらしい。年寄りはいくつになってもまだまだ若いと思っているから、スティーブ(Steve Willson : GM)の思惑はちょっと安易と思うが、狙いは理解できる。
マリブーのランバーヤードでは818日にビーチバニーが新店をオープンした。ウイメンズスイムスーツの有力ブランドで、パーティにはミスカリフォルニアも出演した。もちろん申し上げるまでもありませんが、ビキニのバニーちゃんも登場しました。
カリフォルニアスタイルは過去10年間、都心型アクティブスタイルのトップアイコンになった。アグやフリップフロップ、そしてホリスターは都心だからこそ成功したのである。
しかし、2011年に登場しつつある最新型アクションスポーツスタイルは、いずれもビーチロケーションなのがわかる。カリフォルニアスタイルは新しい時代が始まっているのである。http://www.harboursurfboards.com/

2011年9月12日月曜日

From Extreme to Mainstream

Quiksilver Pro New York
Quiksilver Pro New York
Quiksilver Pro New YorkASP World Tour)が949日ロングビーチ(ニューヨーク)で開催され、オウエン・ライト(21歳:オーストラリア)が優勝した。クイックシルバー・プロ・グローバルシリーズはASPタイトルレースとしてゴールドコースト(2月)、フランス(10月)で開催されてきたが、今回は初の試みとしてニューヨークでも開催された。同時開催でトニー・ホークも出演したスケートボードイベント、ライブコンサートも開催された。
ASPのタイトルレースは2月末のゴールドコースト(オーストラリア)を皮切りに、年間11回開催される。これまではオーストラリア、ポルトガル、フランス、南アフリカ、ポリネシアで行われてきた。
コンテスト開催地と時期は最良のウエーブコンディションを検討して決定されるが、スポンサーあってのプロツアーという側面を無視するわけにはいかない。米国東海岸で開催されたのは今回が初めてであるが、開催は当然サーフィン市場低迷脱皮が狙いである。ロングアイランドのロングビーチは東海岸サーフポイントの一つで、サーフィン不毛地帯だったニューヨークも、最近はサーファー増加が注目されるようになった。ロングアイランドはロッカウエイやディッチプレーンズも好ポイントとして知られているが、アクセスと観客収容キャパシティから検討するとロングビーチが最良の選択だった。

Up in the Mainstream
Quiksilver Showcase on the site of contest.
ナイキグループが冠スポンサーになっているUS Open Pro SurfingHuntingtopn Beach, CA8月開催)は、ASPのプレミアムイベントだが、1週間で50万人を吸引するから、宣伝効果は抜群である。しかしASPツアーの大半のサイトは、ハンチントンビーチのように大観客を集めるという好条件のところではない。ノースショア(ハワイ)のように著名な観光地になってしまえば多少の観客は集まるが、今年のポリネシア地域開催地チョープー(タヒチ)になるとウエストコーストからでも9時間、ニューヨ−クからだと14時間はかかる。
ASP(主催側)とクイックシルバーが今回の大会開催で合意したのは、ニューヨークをハンチントンビーチのようなプレミアムイベントに育成するのが狙いなのはいうまでもない。すでにタイトルレース4サイトを確保しているビラボーンにしても、ナイキやリップカールにしても、ニューヨーク大会スポンサードは積極検討に値するだろう。開催スケジュールを9.11直前に持ってきたのも、見ようによっては微妙な決断だったと言えなくもない。
サーフィンがアウトローの遊びだった時代は90年代で終わった。サーフィンビジネスがニッチだった時代は00年代に終了している。サーフィンはエクストリーからメインストリームにテイクオフする時代に入った。だからこそ、一般客を大量動員できそうなニューヨークが選ばれたのである。今のところはタイトルレースにとどまっているが、客を呼べそうだったら、プレミアムイベントに切り替えようと思っているのは言うまでもない。今回の結果は、第1回としてはまあまあだった。ニューヨークが、ハンチントンビーチのようなサーフィンのメッカになるのはほぼ間違いないだろう。

2011年9月6日火曜日

PPR to acquire US action brand Volcom

PPRはなぜVolcomを買収したか

Francois Pinault,CEO of PPR and his wife.
PPRグループ(本社:パリ、フランソワ H.ピノー会長)は52日、ヴォルコムを買収すると発表した。PPRはグッチ、ボッテガ・ヴェネタ、イヴ・サンローラン、バレンシアガなどを保有する高級ブランド。いっぽうヴォルコムは業績はまあまあだが、一癖も二癖もあるアクションスポーツのハードコアブランド(だった)である。
アメリカのマスファッションブランドがスケートボードシューズブランドやアウトドアウエアブランドを買うのなら過去に多々例はある。しかしPPRはすでにスポーツシューズのプーマを保有しているとはいえ、グッチグループを保有するれっきとした高級ブランド・メガグループである。VFコーポレーション(本社:ノースカロライナ州グリーンズボロー)やジョンズグループ(本社:ニューヨーク)などとは格が違う。総額51,610万ドル(124.5ドル)の買物は
メガグループにとって高い買い物ではなかったかもしれないが、一足跳びにアクションスポーツブランドに食指を動かすとは、大方の予想しなかった行動だった。

Volcom Style
Volcom Store

PPR2007年にプーマを買収したが、その後は目立った買収行動をとっていない。プーマ買収で手に入れたトレトン(フットウエア)、2010年に買収したコブラゴルフ、ウイルダネスホールディングス(エコツーリスム)、ドボテックス(ソックス)も保有している。しかし、どう見てもこれではPPRのライフスタイルグループにふさわしい陣容とは言えない。
かたやヴォルコムは売上高3億ドルを超えるアクションスポーツウエアの中堅ブランドである。プロダクト部門以外にフィルム&ブック事業部門も保有し、ビデオパッケージも商品として販売している。サーフウェアの評価も高く、プーマの狙いにぴったりのブランドである。昔はトンガってたブランドだが、長い年月が経てばやっぱり普通のブランドになってくる。最近ではプレッピー風のクリーンカットになって、東部のティーンエイジャーが着ていても親がうるさく言わなくなった。

Teen Luxury Brands
Jochan Zeitz, right, chairman of Puma

PPRの買収目的はプーマを核にしたライフスタイルグループ拡大強化なのは間違いない。問題はどの分野を、どのように拡大するかだ。
プーマはアスレチック、フィットネス、アクティブファッションでは評価が高いが、ナイキやアディダスと同様、アクションスポーツでブランド評価を高めることができなかった。今後のアメリカでは中高校生のファッション市場がいちばん有望と見られているから、彼らに強いアクションスポーツブランドはどのブランものどから手が出るくらい欲しい。PPRとしては、ぜひともプーマがヴォルコムを育成して、アクションスポーツ分野を拡大強化してもらいたかったのである。
日本のアクションスポーツはいまでもサーフィン、スケート、スノーボードのいずれも、ハードコア優位時代が続いている。アメリカではすでに10年前にその時代は終わった。「ビバリーヒルズ青春白書」(1991-99)から「OC」(2003-07)、そして時代は「Gossip Girl」(2007-present)まで進んだ。ネットワークが放映した上掲の3シリーズを見れば、PPRなぜヴォルコムを欲しがるのか納得できる。
時代は常に、新しいものに背を向けてきた企業を置き去りにしてきた。日本のアクションスポーツ業界は、世界の変化をもっと注視すべき時期に来ている。前門のナイキ、後門のPPR。今、アクションスポーツ市場は消滅の危機に立たされている。